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貴女をお守りします。ずっと、傍で……
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ええと、書き始めて一年。
別館での、オリジナル小説も重なり、全く執筆していなかった雪路小説を漸く完結。


前回までの物は凍結しまして、一気に此処で最後まで置いておきますので。






 
 
 はるか昔に思ったことがある。
 死にたいと思ったことがある。絶望に打ちのめされ、それこそ、今直ぐにでもこの手首を切り、死んでしまおうと思った事がある。凍死しかけた記憶もある。もう、生きる気力も失った……
〝――死んでしまおう〟
 その少女は疲れ果てた体に鞭を打ってその様な物騒な事を考えながら歩いていた。……無論、少女は生きる気力はある。まだ生きていたい。自らが妹も居る。こんな所で死にたくは無い。そう思う。
 だと云うのに付きまとうのは常に死と云う概念のみ。それ以外の概念は無い。生きたいと云う概念は常に死と云う概念の二の次だ。生きると云うモノが何より少女にとって大切だと云うのに、その概念は死の二の次と云う矛盾――
 少女には莫大な借金があった。それは自らの借金ではない、自らの両親が少女とその妹に押し付けた借金であった。……だが、別段少女はその両親を怨む事は無かった。不思議と憎悪の念は無かったのである。
 走り出す。少女に安息の地は無いといえる。彼女には常に危険が付きまとっている。両親が借金をしたのが、運が悪くも、法で裁けるが、相手をするには性質が悪い人間であった。
 壁に背中を密着させ、少女は見た。矢張り少女の予想通り、敵は三人、自らを付けて来たのであろう。
「……全く、しぶといわね……」
 隙を見て道を横切った。運よく相手は少女を視る事は無かった。故に少女はそのまま走り逃げる事が出来た。
 ちょろいもん――少女は不敵な笑みを浮かべてそう心で呟いた。この様な生活が続くうちに、少女の清楚な感情は邪魔になり、別の人格が芽生え始めてきていた。それが幸いしているのであるが……
 走り続け、息が切れる頃合に、少女は一つの公園に辿り着いた。
 そこが、少女とその妹の宿であり、我が家でもあった。その公園の一角、生い茂る草と草の間から見えるのは、一つのダンボールで出来た家。人が一人漸く入れる大きさであり、その家の中に少女の妹が居た。
「おかえり、雪路お姉ちゃん!」
「……ただいま。ヒナ……」
 頭を撫でてやる。絶望的な状況の中、目の前にいる少女の妹、桂ヒナギクは笑顔を絶やさない。それが少女、桂雪路の唯一の救いであった。
 
 
 
 桂雪路。父親と母親に借金を押し付けられ、歳も行かぬ妹と二人暮らしである。と云っても家は無い。あるのは公園と云う公共施設の端にある屋根つきの小さな砂場であり、其処にダンボールの家を建てた。雪路自身は入らず、ヒナギクに入るように言っている。
 借金はおおよそ八千万ほど。お金に困った雪路の両親が街でローンを借りたところは良かったが、返せなくなった為である。その時の、何時のように優しく振舞っていたが、少し何か追い詰められた様な顔は雪路の記憶に鮮明に残っている。
 あれから数ヶ月、冬を迎えた。危うく何度か凍死し掛けたが、何とか二人は五体満足で其処にいた。せめてヒナギクだけでも……と思い何度か児童預かり所に足を運ぼうとしたが、その後のヒナギクの人生と、何よりヒナギクが雪路と離れることを拒んだ為に断念した。寒さ対策のダンボールは無いよりは幾分かマシだと思い、雪路のバイト先のショッピングセンターで貰った。
 数ヶ月のバイト生活で雪路が休まず働いた結果、五十万は返すことが出来た。これで待ってくれる連中ではないと理解はしていたが、一応払わないよりはマシだと思ったのである。案の定、追われる事になっているのであるが……
 
「ほい、お土産」
 それでもヒナギクには甘かった。雪路は少ないお金を削ってでもヒナギクへの品は忘れなかった。
 尚、食事は摂っている。取り敢えず無銭飲食などは出来ない為に、此方も、雪路のバイト先で余った物を雪路が内密に持って来て食べているのである。お土産と共に雪路は今日バイト先から取って来た残飯を出し、ヒナギクに渡した。
「ありがとう。お姉ちゃん」
 笑顔で食事をするヒナギク。……せめてヒナギクだけでも、その念が雪路の頭の中からは離れない。が、預ける先も考え付かず――其の前に毎日会いに来ても問題ないような場所に預けなくてはならないと云う困難さ。いや、その様な都合の良い話は無いか。ヒナギクは自分がなんとかしてやらなくてはならない、そう決意した筈である。
 その様な初心を思い出した後、雪路は自分も夕食を食べることにした。
 冷たくなった残飯が雪路の心をいっそう冷たくする。それは周りの空気のせいではない。同じく、冬の風のせいでもない。
 
     ■■■
 
「見つけたか!?」
「いえ!」
「くそー、何処行ったんだ!」
 白いスーツを着崩した男三人が互いの情報を交換し合った。目標は少し目を離した瞬間に消えた。全く、逃げ足の速い女だ、と三人は吐く様に言う。
 取引相手――もとい、金儲けの道具であるあの女はあろうことか、今朝五十万円のみを払って出て行った。他はまた、と云う事であろうがそんなものは通用しない。彼らの方針は、金を返さない人間はクズ以下と云う事である。それが女子供でも容赦はしない。
「……クソッ! このままじゃ兄貴に合う顔がねぇよ! なんとしてでもあの女を見つけねぇと!」
 男はその様な事を言う。
「誰に合わせる顔がねぇって?」
 その後ろ……其処から声が聞こえた。
「あ……兄貴ッ!」
「なんだ、そのジ●ンの亡霊を見るような顔は」
 煙草を咥えている兄貴と呼ばれる人物は、その口に籠もった紫煙を吐き出し、肺に残る芳香を愉しみながら、顔だけは不機嫌で目の前の部下と対峙した。
 部下三人は顔を逸らす。的に逃げられました、とは言えなかった。
 が――
「物に逃げられたんだろ?」
 既に兄貴には見通しであった。三人の肩がはねる。
「も……申し訳ねぇ! 兄貴!」
 ったく、と舌打ちをして兄貴は煙草を口から吐き出し、足で潰す。
「で? 尻尾はつかめたのか?」
「いえ、それが思ったより素早いヤツでして!」
「そいつを見つけた場所と見失った場所は?」
「確か、見つけたのは商店街で、見失ったのはこの辺りです」
 ふむ、と兄貴は顎を撫でる。
「ならこの辺りはくまなく探したな?」
「はい」
「よし。他のやつらを集めろ、そいつらに商店街に行かせて目撃情報を洗え。お前たちはこの辺りにある空き家、公園――なんでも良い、人が入れるような場所なら何処でも良いから探せ。案外、近くに居るかも知れねぇからな」
「へい!」
 三人はそう返事をし、兄貴の言われた通りに事を進めるべく走り出した。
 ……なんとしてでも貸した金は返してもらわねばならない。それによって成り立っている彼らである。それなくしては自らの生活すら危うい。生きる為には他人を犠牲にしてでも、そして、卑劣な手を使おうとも生き残らねばならない――面倒な話だ、兄貴は再びポケットから透明な包装が成された新品の煙草を取り出し、フィルムを剥がし、口に咥えた。百円ライターで火をつけ、一服する。
 冬の寒い空に、紫煙が舞う。それを見つめた後、男は再び歩き始めた。
 
     ■■■
 
 夜は寒い。特に今の時期、雪も降る、そして風もある。桂姉妹を襲うのはそんな寒波である。ダンボールの簡易な家に入っているヒナギクは多少大丈夫であろうが、それでも寒いものは寒い。それでもヒナギクは眠っている、精神的にも最近ヒナギクは強くなったような錯覚を雪路は覚える。
 空より舞い降りてくる雪と云う白きモノは容赦なく雪路を襲う。肩に積もり、手は冷たくなる。
 凍死――その最悪のケースだけは避けなくてはならない。
「うううう、冷えるわねぇ……」
 誰に言う訳でも無く、そう一人愚痴る。如何しようもないことは解っているのだが……人は時として口に出すことによってそれを晴らすのである。……しかし、本当に洒落にならない、雪路はそう思った。
 手を息で温める。震える手は少しの間温もりを与えてくれたが、直ぐに周りの空気と同じ程冷たくなる。
 腕時計を見る。時刻は漸く二一時を迎えた。辺りは暗くなり、人の気も失せた。そろそろ次のバイトの時間である。雪路はヒナギクの入ったダンボールを草に隠し、周りの目を気にした後に、疲れが残る体に鞭を打って公園を後にした。
 ふと、何か引っ掛かる様に、ヒナギクの方向を一度眺めた後、雪路は歩を再び進めた。
 
 
 
 雪路のスケジュールは多忙である。
 八千万もの借金を背負わされているのである、それを全額返済するにはかなりの量のバイトをこなす必要がある。
 それでも数ヶ月で五〇万である。夜のバイトを含めても気休めにしかならない。勿論、その少ない給料の中からは食費も出さなくてはならない。悲惨な時は、うまい棒一ヶ月と云う時もあった程である。
「……ふぅ」
 今雪路が居るのはコンビニエンスストアである。給料は安いが、夜間の給料はそれなりである。
 今の所、客は来ていない。時刻は一時――様々な事情上の人物や、これから出勤、朝帰りの会社員などが来る時間帯である。
 そろそろ店のものを整理する時間帯だと思い、レジから出る――と、したところで、窓の向こう側、コンビニエンスストアのライトに照らされて見えるのは……あの借金取りの連中。
〝マズッ!〟
 急いで店の棚に身を隠す。見つかる訳には行かない。せめて、次の返済の目処が立ってから会いたいものである。それ以外の時に出会えば何をされるか解ったものではない。
 連中は何やら会話を交わしているようだが、聞き取れない。雪路はコンビニエンスストアの中におり、連中は外である。会話など聞こえる筈もない。
 手は無いものか……願わくは、連中がこのコンビニエンスストアによらずにそのまま行ってしまう事である。
 だが運命は時に残酷である。何やら指を指した連中の一人がコンビニエンスストアに入って来た。
〝嘘でしょ~〟
 来店を告げる電子音が鳴り響く。
「い、いらっしゃいませー……」
 取り敢えず声だけなら何とかなるだろうと思い、来店を迎える言葉だけは何とか紡ぎだす。その読み通り、男は雪路に気付いている様子は無い。只商品を見る振りをして、コンビニエンスストア内を眺めている。……雪路を探しているのであろう。まさか此処まで仲間を集めているとは思わず、更にこんな所で終わるとは思わなかった。頭の中の思考が滅茶苦茶になって行く。
 男は此方にやってくる。なんとかやり過ごすしかなかった。整理する振りをして、そのまま視界に移らぬ様に、徐々に、別の棚へと行く。男は雑誌を読んでいる。……探す気は無いのだろうか? 雪路は首を捻る。
「ったくよ! 兄貴も人使いが荒いぜ! 女一人によぉ」
 ……どうやら自らの主に不満があるらしい。言葉から察するに雪路一人を探すのにかなりの人員が導入されてそうである。
〝拙いなぁ……〟
 と、そこで一人別の男が入って来た。「いらっしゃいませー」と声を飛ばした。今入って来た人物も、雪路に気付いていないようである。此処まで上手く来ると、逆に不審に思えてくる。
「おい、何やってんだよ。女は見つけたのか!?」
 矢張り仲間だったか……雪路はふぅ、と溜息を吐く。このまま行ってくれる事を祈る。
「今探してるところだったんだよ! ちょっと煙草をな……」
 空の煙草の箱を見せる。
「早くしろよ」
 ああ、と言って男がレジへと向かう。拙い。
「おい! レジ! 急いでんだ!」
 どうする。どうする。どうする……ッ! このまま行けば見つかる。この前も見つからないと思って目の前に出た刹那に、顔を覚えていたのであろう、直に見つかった。故にそれ以降は顔を見られないように帽子を被ったり、人ごみに紛れて歩いたりするようになった。――故に、此処で外に出れば確実に……
 と、そこで再び入り口の扉が開いた。この状態では何一つ言えない、無言でその客を迎えたが、どうやらその必要は無いらしい。
「おい!」
 現れたのはこのコンビニエンスストアに居る男達の仲間らしい、息を切らせていた。商品の隙間と隙間の間から眺めると、血相を変えている。何かがあったのだろうか……
「ガキを見つけたってよ! すばしっこく逃げやがる! お前らも来い!」
「お、おう!」
 ……そう言って、三人は居なくなった。――助かった、いや、その様な感覚よりも、今の「ガキを見つけた」と云う言葉が気になった。まさか――雪路の血相が変わった――まさか、ヒナギクが見付かった……?
 直ぐに立ち上がった、そして姿格好そのままで、雪路はコンビニを抜け出した。
 走る――駆け抜ける風が痛い。時期が時期である、その風は凄まじく、顔を傷つけ、そして体力を少しずつ奪っていく。それでも、走る、その先に存在している自らの妹の笑顔を確認する為に――妹の笑顔を絶やす位なら、このまま職を失っても別段問題は無い。
 そうして、幸いにも自らを追う人間とは出会わなかった――無論、喩え出会ったとしても、そのまま無視してでも、若しくは実力行使に出てでも行く――。そしてヒナギクが待つ公園へと辿り着いた。
 しかし、元居た場所にヒナギクの姿は無かった。只荒れて、所々が破れたダンボールの山が、そこに散乱しているだけだった。刹那の内に、雪路の背筋が冷え、そして顔もまた青く変貌した。此処で何が起きたかは、もう明白だ。
 ――警察を呼ぶのか? 雪路は横目で公衆電話を見る。公園の向こう側には公衆電話が存在する。ボタン一つ押せば、直ぐにでも警察に電話出来るであろう。そうなれば、不当な借金の取立てなどであの男達も何とか出来るであろう。
 だがそれで良いのか。確かに自分達の借金では無いとは言え、それは両親が作った借金である。どの様な理由で、どの様な金融機関で借り様とも、それは立派な借金である。自らの手で返済しなければならない。
 それでも、ヒナギクを助けるには、矢張り雪路一人の手では不可能……自然と、脚はその公衆電話へと向かっていた。
「――と、まぁ、漸く見つけた訳だ」
 ……公衆電話に手を伸ばす刹那、雪路はゆっくりと視線を後ろに流した。この瞬間だけは、時間がまるでスローモーションになったかの様に感じられた。切り裂く風も、感じる人の気配も、全てが、まるで……
 そして視界に入ったのは、眠っているヒナギクを抱えている男達の姿である。外傷は無い、薬か何かで眠らされているのであろう、ヒナギクが動く気配も無い。男の数は五人、真中に存在する一人の男が、恐らくボスなのであろう。
 面と向かい、そして口を開く。
「ヒナを放して」
「そりゃ出来ない相談だな」
 そうすると、懐から一枚の紙を取り出した。そこには、借用書と上に書かれ、桂の印鑑が押されたモノ――それが、今雪路とヒナギクを苦しめる、借金と云う名の事実である。これを返済しなければ、二人に安息の地は存在しない。
 ……後で返す――そんな口が聞く様な連中では無いであろう。
 相手方は今交渉をしているのである。ヒナギクを返して欲しければ、今此処で借金を全て返済しろとの事である。だが、昨日今日との返済で雪路の手元には金は存在してない。そう、一銭も無いのである。今日の夕食も、処分されるべき賞味期限の切れたパンをコンビニエンスストアから取ろうとしていたのである、それ程余裕がないのである。
 確実に、今は雪路の方が格は下である。逆らう事など出来ない。理由はどうであれ、金を借りたのは此方側であり、向こうはその金を返せと言っているだけなのである。手段は兎も角、正論なのは相手側である。
「どうすれば良いのよ……って、言うのは一つか」
 呟くと、勿論、と向こう側が言葉を発する。
「お前の両親が作った借金を全額返済してくれればコイツは放そう」
 予想通りの一言である、結局、全額返済しなければならない、その為のヒナギクは人質と云う訳である。下手な事をすれば、身の保障はされない。
 ――だがどうしろと言うのか。
「今お金が無い。一銭も……」
 そう言って、地面に自らの財布を投げる。リーダー格のボスの周りに存在していた男達が一斉に財布の元に駆けて行き、中身を確認する。中身は空である、埃一つ出て来ない。ついでにポケットの中に入っているカードも無意味である、貯金は既にゼロである。
 中身の無い財布を見て、男達は血相を変えて雪路の胸座を掴む。
「どうすんじゃワレッ!」
 そう言われても無いモノは無い。無言でその男を眺めるしかない。――只、後ろに居るボスだけが、無言で、何一つ感情の無い顔で雪路を眺めていた。一瞬、目を逸らしそうになる、その感情の無い顔は雪路の心を恐怖で震わせる。
 そしてヒナギクを別の男に持たせ、ボスと呼ばれる男は、そのまま雪路の目の前に現れる。
「――難儀な話だな、お前は両親に借金を押し付けられただけだって言うのにな……ま、だとしても金は取り立てねぇと、こちとら商売なんでな。それに、こいつらの生活もあるしな」
 指差す先に存在しているのは周りを取り囲む男達、そう、この人間達にも生活があるのである。どの様な生活かは存じないが……
「……どうしたら良いのよ」
 雪路は冷や汗を背筋に流しながら、そう問うた。この場を打破する方法は知らない、ならば如何すれば良いのかは取立てをしている向こう側に訊いて見るのが一番良いであろう。まともに答えてくれる保障は無いであろうが、一応である。
 しかし、予想を外れて、男は口を開いた。
「……金が無いなら、もう、お前自身の体か、若しくは臓器でも売るんだな……」
 ――矢張りそれか。絶対にそれだけはやらないと、風俗などの事柄はやらないと心に決めていた。それは借金をしている以前に、女として、人間として大切な何かを失う事になるからである。それだけは……。だとして、臓器を売る事は出来ない。肺などは確かに元々二つあるモノだが……対した金にはならないであろう。
 出来ない――それが結論である。
「……」
 今まで、一度も父親を、母親を、恨んだ事は無い。だが今ばかりは恨む、ヒナギクを目の前にして助ける事が出来ない。金と呼ばれる只の紙切れ一つで、人の人生は狂わせられる。それを知っておいて、多大な借金をして、あろう事か自らの娘に押し付けて居なくなるなど……
 それでも、今出来る精一杯をする、ヒナギクを助ける手段など一つも無い。なら、日本人が出来る事柄は一つ――土下座である。
 土下座する雪路を、周りの男達は何食わぬ顔で見ていたが、一人、ボスだけは別の顔をして雪路を眺めていた。
「……コイツを助けたいか?」
 ……チャンスが来た。雪路は内心微笑を浮かべる。人の心を持っている人間で良かった、渡る世間には鬼だけではない、雪路はその様な言葉を頭の中で並べる。このチャンスを逃す訳には行かない、喩えどの様な事柄だろうと、こなしてみせる――無論、今直ぐ金を返せ、と云う事場が来たらそれで終わりであるが……それが来ない事だけを願う。
 男がしゃがみ、雪路に言葉を投げる。
「――鬼ごっこだ、お前がコイツを連れて、この街を抜け出す事が出来ればお前の勝ちだ――つまり練馬区を抜け出す事が出来れば良い訳だ」
 ……練馬区から……抜け出す。幼いヒナギクを連れて練馬区から抜け出すなど……いや、何とかなるかもしれない。
「だが、気をつけろよ、その辺には俺の部下が大量だ。何せ、俺の組はこの練馬の裏を知り尽くしているからな……」
 ――前言撤回、このゲーム、かなり無謀だ。どこを通ろうとも、そこにはこの男の部下が居る状態である。
「どうだ? クリア出来れば、今回の借金返済の件を先延ばしにしてやっても良い」
「ちょっ、ボス!?」
「黙ってろ……クリア出来る筈が無いだろう?」
「……」
 確かに……と男達が顔を見合わせる。納得する程人が居り、そして此方側には勝ち目がないと云う訳か――雪路は眉を顰める。勝ち目の無い戦いはしない主義なのであるが……今はその様な事を言っている場合ではない、自ら、そして何よりヒナギクの命が関わっているのである。
 雪路は首を下に振る。このゲーム、なんとしても勝たなければならない。
 
 
          ×          ×
 
 
 ……スタートの幕は切って落とされた。無論鬼ごっこの様なものである、相手方から此方側を探している。つまり同じ所に何時までも留まっている事は出来ないのである。
 今雪路は一つの廃工場の中に身を隠していた。……海側に向かえば比較的に早く練馬区を出る事が出来ると思ったが、流石にそう上手くは行かない。巡回している強面の男達は、確実にあの男の部下であろう。
 ヒナギクには事情を説明していない。只、捕まらない事だけを教えた。――そうして今、廃工場の中で雪路は地図を静かに眺めていた。ポケットの中に存在している、昨夜のバイトの時に入れたままであった赤い油性ペンで印を書き込む。
 どこにも男の部下は存在している。タイムリミットは一日。今の時刻は深夜の二時半……タイムリミットまではまだ二二時間程存在しているが、金もなく、車もバイクも電車も、自転車さえも使えない中で、そこまで行くには相当な時間を必要とする。――成る程、あの男の勝てる筈は無いと云う言葉は的確だった様である。喩え練馬と言っても東京の一部、かなりの距離が存在している。隣の区まで行くにはどれ程の時間を必要とするか……しかも、周りには鬼ごっこで喩えれば鬼の役割を担った男達が存在しているのである。
「てか、練馬ってこんなに大きかったんだ……」
 敷地の約半分以上は、資産化の家によって占められているこの練馬。実際此処まで大きかったかどうか疑問な所であるが、地図を見る限りはそこまで広くない。此処から考えれば新宿か、中野が近い筈なのであるが……如何せん、資産家の敷地に阻まれて思う様に先には進めない。
 侵入すると云う手もあるが、資産化の敷地である、警備員を数百人雇っていても問題は無いであろう、入った瞬間に捕まるのが目に見えている。
 さてそうなると、雪路の頭に浮かぶのは、無害な一般市民の敷地を抜けて、一気にショートカットすると云う手段である。流石にあの男達も、他人の敷地に勝手に入り込み、庭に居座っていると云う事は無いであろう。不法侵入罪で警察沙汰になる。――と、考えているが実際自らもこれからその不法侵入罪を犯そうとしているのであるが――生きる為には仕方が無い、殺人を犯さないだけ良いと考える。
 ――廃工場の窓から外の様子を窺う。……この中を、更に向こう側に行けば住宅地である。その住宅地を越えて、駅の向こう側に辿り着く事が出来れば、そこはもう練馬ではなく、中野区と云う立派な隣町である。只それまでの距離が長いのである。一時間、二時間で到達出来るような距離では無いが、後二二時間――これだけあれば事足りる、いや、相当な時間が余る。運が良ければ夜明け頃には中野に着く事が可能だ。
 後ろのヒナギクは既に船をこぎ始めている、走る事など今以外は不可能である。つまり、今がチャンス。喩え男に見付かろうとも、住宅街の何処かに隠れてしまえば、男達が応援を呼ばない限りは何とかなる可能性が大きい。
 ……地図を横目で見る。もう今薄いルートはこの先の住宅地を抜けた先の、中野区へのルートしか存在しない。
 眠い目を擦るヒナギクを引き寄せて、耳打ちする。
「……ヒナ、走るよ。結構長いけど……行ける?」
 言葉には出さなかった、もう相当睡魔が襲って来ているのであろう、只首を一回下に頷いた。それが了解だろう、雪路は一回微笑を見せて、引き締めた顔で工場の外を再び見る。先程から見えている、向こう側の男が一人、そして此処に来るまでに遭遇した男が近くに居るであろう。――そう考えると、この辺りに自分達が居ると云う事は勘付かれているであろう。予想よりも多くの男達が待ち構えていると考えるのが妥当である。
 だが走る。今走らねば、今度は多くの男達が集中するであろう。そうなれば走るルートは薄手になるが、此処から脱出出来なくなる。
 ヒナギクの手を取り、外を眺める。……今は大丈夫だ、行くべきルート上に男は存在しない。一気に駆け抜けて、次のセクションで止まる。
 一歩ヒナギクが遅れる形で走ったが、男達と遭遇する事は無かった。隣に存在している工場の影に身を潜める。再び地図を開いて、此処からの最短ルートを探る。……まだ、外には人の影は無いが、このまま行くか……
 行く――刹那に覚悟して、一気に駆け抜ける。この際、このまま工場に留まっているよりも、動いている方が良いだろう。このゲーム、一定時間見付からなければ良いではなく、目標地点に行く事が目的なのだから……包囲される前に、走りぬける。二人如きに見付かっても問題は無いだろう。
 案の定、後ろで何か声が響いている。走る際に耳に聞こえるのは、この寒い季節の風を切り裂く音のみ、男達の言葉は全く耳に入らない。
 息を切らせているヒナギク――矢張りこの状況下で走る事はかなりの負担か、と雪路は心配しながらも、これを越えれば後は住宅街だ。隠れる場所は無人の工場区域よりも、有人の場所の方がこの場合は多い。
 ――瞬間、目の前に光るモノが見えた。
「……って! 車ぁ!?」
 凄まじい速度で走って来ているその車は、雪路を轢くつもりなのか……走るスピードは衰える事無く、そのまま一直線に向かって来る。
「もう死んじゃうじゃない!」
 借金の返済だと云うのに殺すつもりか……尚、雪路は生命保険に入っていない。保険維持の金を掛けるよりも、毎日の食料で手一杯だったのである。本当は入りたかったが、仕方が無かったのである。
 相手はそれを解かっていないのか、轢いて生命保険でも取ろうと考えているのか。兎に角、轢こうとしている事は確かだ。
「ヒナ、捕まってなッ!」
 手を後ろに回して、体を半分後ろに回す。ヒナギクをそのまま自らの胸の中に収め、一瞬で、腕でヒナギクの脚を上げると、体中にヒナギクの体重が掛かる。……年齢的にまだ軽い方だが、この状況下で重いものは重い。
 迫り来る車に向かって走り出す。――映画では無い事は解っているが、下手に横へ逃げて逃げ道を塞がれるより、一直線に走ってなんとしても通り抜ける方が確実である。直ぐそこには、工業区域を抜ける細い道が存在している。逃げ込めば車は入って来られないであろう。
 轟、とエンジン音を響かせて走り来るその機体――唸り声は叫びの如く響き、目の前に存在するモノを轢こうとする。ヘッドライトを点滅させながら、迫り来る意図は、恐らく、後ろに存在している同士を巻き込まない為であろう。
 ……チャンスは一瞬である。逃せば死、あるのみである。一直線に、真直ぐに車を捉える。
「……だぁああああああああああああああああああッ!!」
 それは本当に一瞬の出来事であった。体をまるで丸めたかの様に、ヒナギクを抱え、背中を向けて跳んだ雪路は、車の天上に背中を着いて、一気に向こう側に落ちた。
 ヒナギクを放し、行くよ! と言葉を投げ掛けると、ヒナギクが必死の表情で肯いた。幼いながらに、今の状況を漸く把握したのであろう、二人はそのまま細い、工場区域を抜ける道を走る。
 
 市街地に入った。細い道は地図の通り、市街地に繋がっており、多くの店が暗闇に塗れている場所へと通じていた。時刻は、三時半――あれから一時間が経過した計算になる。これならば、間に合う。途中で捕まらなければの話であるが……
 手を繋いでいるヒナギクに関しては、息切れを起こしているのか、肩で息をしている、時間的には短くとも、全力で走ったのである、雪路自身も、体力的に少し拙いものが存在している。
 ――少し休憩をしよう……辺りを見渡すと、一つ、物陰に隠れているベンチを発見した。歩いて其処まで行き、腰を下ろすと、ヒナギクを横にさせる。暫らくはこれで休憩する事が出来る――
「それは出来ない相談だな」
 ……今、何か、聞こえた、か……
 雪路はゆっくりと、下に下げた顔を上に上げる。――すると其処には、三人の男、その内一人はあのリーダー格の男……
「――な、んで」
 此処に居るのか。そう、あの時撒いた、いやそれ以前にまるでこの男は最初から此処に来る事を解かっていたかの様に当たり前の様に、この場所に立っている。……行動パターンを読まれていた? いやそんな筈は無い。確かに市街地を通ると云う手段は読まれていたと思うが、通りすがりで運良く此処に居た、などと云う言葉は通用しない。
 だとしたら、何故此処が解ったのか、説明が着かない。運が悪かった? 冗談ではない、雪路は目を見開く。
「何、この戦い。いざと云う時もあるからな……そして、その〝いざ〟を、部下が起こしたからな。最終手段を使ったまでよ」
 徐に取り出すのは……携帯電話である。そしてそのモニターにはこの市街地の図が鮮明に描かれており、その中で、一つの球体が点滅をしている。
 ――GPS。離れていても、発信機を持っていればその場所を見つける事の出来る代物。だが自分にそれが着けられている形跡は無い。携帯電話も持っておらず、財布でさえも相手方に渡した事は無い。
 つまり――ヒナギクの方向を見る。この少女の何処かに、装着されているとでも言うのか。確かに、このゲームを受ける際、ヒナギクを交換条件にした。つまり一時的にヒナギクは相手方に居たのである。GPSを取り付けられる暇など、幾らでも存在している。
 勝てる訳が無い。男が言った言葉は真実であった。GPSなどを装着されていれば、それはもう、障害物ですら隠れる為の物にならない、上空から見つけるGPSの場合は、障害物ではなく、地下等の電波が届かない所に行く必要がある。喩えその方法を取ったとしても、地下施設は限られて来る、一般人がマンホールを開ける訳には行かない、人手があるのだと云うなら、様々な地下施設に人を配置しておけば、後は捕まえるだけである。
 計算しつくされた――と言うべきか、若しくはこのゲームにおいてGPSを使う事の卑劣さに怒るべきか……
 しかし、ルールにGPSを使うな、と云うものは無かった。結局、雪路は此処で終了なのである。ルールに法り、この三人の男のいずれかが雪路、若しくはヒナギクに触れた瞬間に、このゲームは終了する。
 ――手が伸びる。これでゲームオーバー、人生も、そして、自分と云う人間の存在さえも、この時点から一つも失くなる。たった数千枚、只の紙切れの責任により、此処に全てが終了する――かの様に思われた。
 刹那、砂利、と音を立てて、後ろ側に存在している路地裏の奥から、学生服を来た一人の男が現れた。それを見て、男達が伸びて行く手を止めた。
「なんだお前ぁ!?」
 ……雪路が後ろを振り向くと、学生服を着た青年が、手にコンビニエンスストアの袋を下げて立っていた。良く見ると、小児科用のシロップ薬、そしてスポーツ飲料水、熱を冷ます為の冷凍シートなど、子供が発熱した際に使う様な代物を握っているのである。
「……俺が考えるには、アンタ達が何をしているか、と云う問いを投げ掛けたいがな」
 視線だけで雪路を見るその青年は、追い詰められた表情をしている二人の姿を見て、成る程、と一言呟いた。
「大方、違法な程の借金の収用しようとしてるのか。本来の金融の場合は、借金の額はそこまで膨れあがる事は無い、違法に上乗せした利子が問題だと言う……国も国だな……」
 言葉を連ねながら、青年は雪路を立ち上がらせると――
「……走れるか?」
「……!」
「走れるなら、その子を連れて逃げるんだ。撒いたら、俺がまた来るから……」
 安心させる一言、そして、優しい目。青年の名前は解からなかった、直ぐに雪路とヒナギクは路地裏の闇に消えたのである。
「やろッ! キサマ!」
 青年は手の平に一つの電子チップを握っている。それこそ、ヒナギクのマフラーに絡み付けられていたGPSである。それを地面に落として、靴底で踏みつける。乾いた音を立てて、GPSの基盤は砕け散った。
「――……どんな理由であれ、金の無い人間を助けるのが金融の役割だろう? それが逆に人を傷つけて如何する……」
 男は袋を地面において、手ぶらで男達と向き合った。相手は三人、此方は一人である。
 青年の言葉に答えるのは、真中に存在しているリーダー格の男である。
「……確かにな、だが此方側もタダではする事は出来ない。加えて我々は、通常の金融機関と違い、高額な金額でも貸す――それ故だ、金が高額なら、無論利子も相当なものになる。それが世間と言うものだよ、青年。
 現に、先程キミが助けた少女達は、両親の莫大な借金を背負わされた事により、今の様な状況に陥っている――」
 成る程な、ともう一度相槌を打つ。世の中には、その様な貧富の差がありすぎる。一握りの金を持つ人間が世界を動かし、多数の金の無い人間が損をし、喰われて行く。随分と差のありすぎる世界である、人類皆平等が聞いて呆れる、青年は心でその様な思考を行なう。
「……」
「解かって貰えた様だね」
 青年の横を歩いて、路地裏の暗闇に解けようとしている男達。此処で放っておけば、先程の少女の元に辿り着くであろう。
「……最後に一つだけ訊くよ、あの子の借金は幾らだ?」
 
     ■■■
 
 ――此処まで一気に走って来た。途中、男達に出会わなかったのが奇跡な程である。そうして、息を切らせながら、肩で息をしながら立っている雪路とヒナギクの目の前には、暗闇に塗れた駅が存在している。追い詰められた人間が何でもすると云うのは本当なのだろう、思考が滅茶苦茶のまま、全く意識せずに、この場所に辿り着いた。
 この駅を越えれば、隣の区に辿り着く事が出来る、このゲームに勝利する事が出来る。……このまま何処かに逃げて、借金に追い詰められる事無く、小さな家に住もう。そうして、やり直す。
 その為には先ず、この駅を抜けなければならない。中野区に行くにはこの駅を越えなければならない。駅を抜けた瞬間に、そこは中野区、ゲームの勝ちの場となる。
 だが、この最後を、歩き切る事が出来るのか、いやしなければならない。
「ヒナ……これで最後だから……此処を越えたら、もう走らなくて良いよ」
 しかし、もうヒナギクの体力は限界であった。地面に腰を着いたまま動かない。幾ら叱咤しても、立ち上がらせようとしても、ヒナギクが立ち上がる気配が無いのである。
「――もうあるきたくない」
 尤もだ、それは雪路も同じ気持ちである。此処まで走って来た、未来を掴む為に、そして負けない為に――一人の青年が助けてくれたのである、このゲーム、負ける訳には行かない。止まる訳には行かないのである。
 無理矢理にでも動かすしか無い、だが、その様な事を、雪路はする事が出来なかった。もう動けないと言っている自らの妹を、動かす事など……
 体の疲労はピークに来ている。早く自分も休みたい。だがこのゲームに勝たねば安息の地が得られないのである。
「……ヒナ、私の背中に乗りなさい」
 ――そう言って雪路はヒナギクを背中に乗せた。ヒナギクはそのまま雪路の目の前で手を組んで、捕まる。矢張りもう脚の限界が来ているらしい、歩く度に雪路の脚は悲鳴を上げ始める。
 そういえば、と雪路はヒナギクを見る。このゲームの途中、自分はこのゲームに勝利する事、そして金の事ばかりを気にしており、ヒナギクを気にした事がなかった事に気付く。我の事ながら情け無い、自らの妹よりも一時とは言え金の方に意識を向けたのである――家族を捨てた両親と、全く同じだった……
 金より大切なモノは無い――そんな言葉を聞いた事がある。勿論、間違えている訳ではない。幾ら幸せな家族があろうとも、金が無ければその幸せは保つ事が出来ない。……結局、人はその様な生き物なのである。どうしようも無く、貪欲なのである。
 ――駅の中は入れない為に、近くに存在している細い道を使用する事になった。都市圏の駅は、通称「駅ビル」と呼ばれて大きな物が多い、迷路の様に入り組む中よりも、違法であろうともこの細い道を歩いた方が早い。
 立ち入り禁止のマークの扉を蹴飛ばし、雪路は外に出た。まだ駅の中であるが、そこには日が昇り始めた外が見える。そう、この扉を抜ければ、その先には練馬ではなく中野が広がっており、自由を手に入れる事が出来るのである。
 そうして、内側からの鍵を開け、外に出ようとした時……後ろから、肩を掴まれた。
 ――息が……出来なかった。後ろを眺めれば、そこには先程の男三人が居たのである。青年が引きつけていた筈の、男達が居たのである。思わぬ妨害、いや、出る前に肩を叩かれた時点で、雪路とヒナギクの負けが決まったのである。
「あ――ぁ」
 ……その場に崩れる。この瞬間、雪路は、人間としての自由を――奪われた。絶望の淵で、只ヒナギクだけは、と思い手を差し伸べると、その場に一枚の紙が投げられた。
 その中身を見た時、雪路は今捕まってしまったと云う事実以上に驚いた。
 借用書に、返済済みと云う判子が着けられていたのである。
「それが領収書だ。失くすな」
 そう言うと男達は横を通り抜けて、一足先に中野の町へと出て行った。……雪路は暫し呆然としながら、その借用書を眺めていた。そして徐に立ち上がり外に出る。
 ――外は、まるで新しい二人の人生を称えているかの様に、太陽の光で輝いていた。
 
 
          ×          ×
 
 
 携帯電話を仕舞って、青年は溜息を吐いた。この間貰ったこの小切手がこの様な事に役に立つとは思わなかったのである。
 約一月前、青年は一人の女性を助けた。その女性はこの練馬の中で随一の資産家である家の娘であり、女性の執事は助けて貰った礼にと、自らに小切手を渡した。何かあれば、これに好きな額の金を書き、使えとの事だった。
 そして今、この小切手を使った。目の前で困っていた少女を助ける為に。――携帯電話は、その小切手をくれた家の執事長からの電話だった。小切手使用を確認したとの言葉だった。
 本当は自らの家の借金返済に使用しようとしていたが、翌々考えてみれば、あの両親は確実にまた借金を作るであろう。それを考えれば、この金は別の困っている少女に渡した方が良いであろう。
「おっと、俺も急がないとな。ハヤテの熱はまだ下がってないしな……」
 青年は、先程救った少女と同じく、自らの兄弟の為に歩いて家に帰って行く。
 
 
 



          /了

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