貴女をお守りします。ずっと、傍で……
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苦労と努力の先に待っているのはそれに似合う褒美か……
それとも、数年前の様に手に入れたものを再び自らの凶行で失ってしまうのか……
どちらにしても、少年にとっては辛い選択である。
これはハヤテが歩んだもう一つの『IF』の物語。
混乱する頭を抱えながら、ハヤテは今小屋の外で待っているであろう、ヒナギクの言葉を整理して現状を把握しようとしていた。着替えも同時進行である。
ヒナギクはなんと言ったか――? ハヤテは先の言葉を繰り返す。
自らをこの家に居候させる。
勘違いでなければ、確かにヒナギクはその様な事を言っていた。
「ハヤテくーん? 終ったー?」
悩んでいても仕方がない。凍えるような寒さの外でヒナギクは待っているのである。そのまま戻っても良いと言ったのであるが、ヒナギクは小屋の外で待つと言って聞かなかった。いい加減に着かけの服を着ないと、寒さで凍えてしまう上、ヒナギクにも悪い。
黒いアンダーシャツを着込み、ジーパンを穿く。――あのヒナギクと出会ったあの日と同じ服装。
扉を開けた。と、目の前では白い息を吐いて立っているヒナギクの姿があった。
「遅い」
「すみません……。あの……」
「ん?」
歩きながらヒナギクはそう短く答えた。
「先程の話は……」
「大丈夫よ。事は全部朝ごはんを食べてからよ」
そう言って家の中に入った。
食卓には昨日と同じく、ヒナギクの母親が座っている状態である。
「お姉ちゃんは?」
「もう行っちゃったわよー。学校から呼び出しが来たみたいよ」
変わらぬ笑顔を振り撒いているヒナギクの母親。昨日ならかなりありがたい雰囲気であったのであるのだが、今のハヤテにとってこの笑顔は恐怖以外の何者でもない。笑顔で居ても怖いと感じるのは、矢張り義理とは云え、この人物がヒナギクの母親だからなのであろう。
ハヤテはヒナギクに椅子を引かれ、そのヒナギクが作ったであろう、朝食が並ぶテーブルの席に着く。
全ては朝食が終ってから……そういわれたばかりであるが、矢張り気になるものは仕方がない。思うように箸が進まぬハヤテは言われる事を覚悟し、問うた。
「あの……僕の聞き間違いならいいんですけど……僕をこの家に居候させると云う話は……」
やっぱり、と言ってヒナギクは溜息を吐く。
後からにして、と言っても矢張り気になるのであろう、先程から箸が進んでいないことに気付いていたヒナギクは矢張りハヤテがこの場で切り出すことを予想していた。
「……お義母さん?」
「ええ。
綾崎君……ううん、ハヤテ君。貴方の事情は昨日の夜にヒナちゃんに聞いたわ」
「はぁ」
「でね、私も色々考えたんだけど……やっぱりそんな子を放っておくわけにも行かないし、それに……ね」
ウインクしながらヒナギクの母親は――
「貴方みたいな子ならお婿さんでも全然OK!! だから!」
……ハヤテは身震いした。背中に何か電撃でも走ったかの様な感覚。
「お義母さん!」
「だってぇー」
この家族は本当にどちらが年上で誰が上の立場なのかが理解しかねる。ハヤテは微笑する。
「そういうことだから……ね、ハヤテ君」
ヒナギクがハヤテを見る。それをハヤテが受け止める。
此処には自分を思ってくれている人が居る。同情――それでも良い。たとえ同情だとしても、今までその様な事が余りにも少なすぎたハヤテにとって、その優しさはありがたかった。
故に、その様な“暖かい”環境に恵まれてきた――無論、ヒナギクは様々な辛い経験を幼少時にしていたわけであるが――ヒナギクとその母親にとって、突然ハヤテが泣き始めたのは予想外であった。
「ちょっ、ハヤテ君!?」
何があったのかは解らない。ヒナギクは突然泣き始めたハヤテの背中をさする。嗚咽を漏らして泣くハヤテは涙を味を感じる。
――僕は……
その幸せを壊すかも知れない。
何時かのあの日のように壊すかも知れない。
それも……………僕は、此処に居てもいいの…………?
ハヤテの思考が破壊される。今まであった負の概念。拭える過去ではない。取り戻せない過去だと知っている。
だが、もう一度あの日々を遅れると知ったら恐らく自らは何でもするであろう。
もう一度、名前を呼んでくれるあの子の元へ……もう一度帰る。
だがそれはもう出来ない話だ。
自らは自分の手でその幸せを壊したのである。
だと云うのに、今此処にあるこの場所はなんだ。
「……ハヤテ君?」
ヒナギクの顔が涙の向こう側で見えた。
「……すみません。僕……僕こんな風に優しくしてもうなんてなくて……」
涙を拭う。
「僕が優しくしてもらったのはポケットティッシュを貰ったときぐらいですよ」
「それはそれで悲惨な……」
ヒナギクはハヤテにティッシュを渡す。それを受け取ったハヤテは鼻を咬む。
「兎に角、ハヤテ君は今度から此処を家だと思ってもらってもいいのよ」
「ついでに苗字も……」
「……お義母さんの言葉は無視していいからね。あと、変な格好させられそうになったら必ず断りなさい」
「……イエッサー」
ハヤテは答えた。
ハヤテはこうして桂家の居候として過ごすことになる。
■■■
「で、どういう訳で……?」
ハヤテの件に決着を終えている頃合、ヒナギクの通う白皇学院の教師である桂ヒナギクの姉である桂雪路は理事長室にて複数の教師と共に報告を聞いていた。
「どういう訳って……この非常時にとぼけている場合かよ」
その隣、雪路の隣に居るジャージ姿の男がそう言う。冷や汗なのか、額には汗が流れている。
「そういうことだ。事は一刻を争う。
……まぁあの頭の固い三千院家の話だ。自分達の力でなんとかすると思うが……まぁ一応の処置として白皇学院にも協力を求めてきたわけだ」
理事長の言葉を聞いて教師の一部が顎を撫でながら、
「しかし三千院家には有能な執事が多数居ると聞いていますが……特に彼女の執事は……」
「ヤツのことなら知っている。今月付けで執事を辞めている」
騒がしくなる。どうして、と云う念が強いのであろう。あれほど忠義の念を出していた執事はいないほどであった、とあの執事を知っている教師は首を捻る。
「兎に角、これは事態としては深刻だ。生徒会長の意見も聞くとしよう。あの聡明な会長のことだ、まぁ、少しぐらい役にたつだろう」
横目で雪路を見る。
「……ヒナを連れて来いと?」
「実の姉妹だろう? 今の時期、部活も休止中だ。家に居るのではないのか?」
あー、と唸りながら雪路は思い出す。
あの少年……名前は……なんと言ったか忘れたが、何やら昨夜話をしていたなと雪路は思い出す。家にいるかどうかは不明であるが、行かねばならないのであるが……雪路は隣に居るジャージの男の方を見る。
「オレを見るな。確かに体育は教えているけどな」
むぅ、と唸る。
「矢張りオタクは役に立たないか……」
「う、うるせー!」
■■■
昨日の内にバイトの件に関しては済ませておいたハヤテである。明日からやってくれと言われていたのでハヤテはヒナギクと共にバイト先である喫茶店「どんぐり」に来ていた。
基本給料は普通の喫茶店に比べれば高いランクである。が、それに似合わず客足は乏しく、常連の客が数人来る程度だとマスターは言う。
当のマスターは店をハヤテに任せ、午後より出かけている。住居を手に入れたハヤテであるが、一刻も早く資金を為、一人で生活していく為に資金を稼がねばならない身として、初日の今日から時間一杯をバイトの時間としている。
先からヒナギクは一杯のコーヒーを啜りながら客を待っている。今日シフトはなかったが、ハヤテのこともありシフトを入れたのである。
「……随分と暇な喫茶店ですね。よく給料出ますね」
「まぁ、元々マスターの上の方々が気まぐれで作ったものー、らしいわよ?」
「ははぁ……ハードで儲けていますからね」
バックの会社のことを考えつつ、ハヤテは床をモップで拭く。
「それにしても、初日なんだからそんなに頑張らなくてもいいのに……」
「まぁ、そうなんですけどね。一刻でも早くお金をためないと……折角ヒナギクさんと、お母様が居候させてくれると言うんですから」
「別に私もお義母さんも気にしていないわよ。お義父さんもいないし、お姉ちゃんもたまにしか帰ってこないから逆にありがたいわ。男の子一人ぐらい賄えるお金ならあると思うわ……多分」
はぁ、と返す。
「八時間働いたら……大体五時に終了ですね」
「そうね。お義母さんもその辺りに家に帰ってくると思うわ」
「じゃあお買い物に行ってお母様の代わりに夕食の準備をしないと……」
モップを片付け、ハヤテはエプロンを一旦外す。
床は綺麗に、丁寧に拭かれており、テーブルも綺麗だ。グラスや食器なども整理整頓され、ハヤテの現在の仕事は一通り終ったと言える。
「ホント、何でも出来るのね、ハヤテ君」
「いえいえ……あ、コーヒーのおかわりいりますか?」
「頂くわ。……そこまで腕がいいなら、一つや二つ、企業にでも受けてみたら? 寮ももらえるし、生活には困らないと思うんだけど……」
「今の時代、腕を確かめる職業なんて少ないですよ。どちらかといえば、学歴ですよ。今はバイトをしてお金をためて、地盤をしっかり作ってから就職活動をしないと……」
ヒナギクはその言葉を聞いて感心する。
矢張りこの男は違う。昔の無力で何も出来なかった自らのときとは大違いである。自分がやらなければならない、自分にしか出来ない……自分なら出来る。その様な感情が早いうちからあったのであろう。そしてそれが出来るだけの強い肉体と精神力を幼き日から持っていたのであろう。
「ねぇ、ハヤテ君……」
再び、あの質問をする……いや、それは違う。何か別の言葉を……
「ヒナー、此処ー?」
が、その質問は店の扉を開けた女性によって阻まれた。
「おーいたいた。ヒナ、ほら早く、学校で理事長お呼びよ」
姉である雪路と……隣には溜息を吐きながら――恐らく連れてこられたのであろう、ヒナギクに体育を教えている体育教師――薫京ノ介が居た。
「何で理事長が私に様なんてあるのよ」
「決まっているじゃない。昨日言ったでしょ」
雪路の言葉に、ヒナギクはむ、とする。この姉には言われたくない。
「確かに、心配だけど、これはプロの仕事でしょ? 白皇学院の生徒会長ごときがでしゃばるアレはないわよ」
ヒナギクがそう言うと、京ノ介が前に出てきて、
「そういうなよ、妹。どうせ直に終るんだから付いて来てくれよ」
「そーよ。二次元ジゴロの言うとおりよ。早く行けばいいじゃない」
「二次元ジゴロは余計だ」
京ノ介の言葉を雪路は無視し、
「……私だって心配なんだからさ」
珍しく真剣な顔をして雪路はヒナギクに言う。
「……解ったわよ。……ナギの為、でしょ?」
そう言ってヒナギクは立ち上がる。
「じゃ、ハヤテ君。私用が出来たから。家への帰り方、解るわよね?」
「え、あ、はい」
「うん……じゃ、後でね」
扉が閉まる。
喫茶店に取り残されたハヤテは何も知る余地なく、只、一人で客を待つ……
■■■
「それで? ナギはどうなったのよ」
道の途中でヒナギクは雪路に問い掛ける。
「わかんないわよ。昨日の夜からパッタリと消息不明。誘拐か、家出か……」
ヒナギクの問い掛けに雪路がそう答える。
「兎に角、無事だといいんだがな」
京ノ介が最後にそう呟いて、会話は止まる。
運命が変わったことにより一人の少女の運命も変わった。
様々な糸が交錯する中、少年はいかなる運命を辿るのか……
to be continued
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